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東京高等裁判所 平成5年(ネ)2234号 判決

主文

一  原判決中控訴人敗訴の部分を取り消す。

二  右部分につき被控訴人の請求を棄却する。

三  訴訟費用は第一、二審ともに被控訴人の負担とする。

理由

一  当事者の求めた裁判

1  控訴人

主文同旨

2  被控訴人

控訴棄却

二  事案の概要

本件事案の概要は、次のとおり付加するほか、原判決「事実及び理由」の「第二 事案の概要」欄記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

1  原判決三枚目表二行目の「本件写真は、」の次に「刑事事件の被告人が公判廷に出頭するために護送されている姿を撮影、公表したものであつて、社会の正当な関心事について国民の知る権利に奉仕するものであること、」を加える。

2  同四枚目表八行目末尾の次に行を改めて以下のとおり加える。

「(3) 本件写真撮影・掲載の違法性

本件写真は、低俗なのぞき見的な好奇心を満足させるだけであつて、国民の知る権利に資するものではない上、被拘禁者の処遇に関する最低の基準とその人道的な取扱いを定めた国際連合の被拘禁者処遇最低基準規則にも反する不当なものであり、肖像権及びプライバシー権侵害の違法性が阻却されるものではない。」

3  同七枚目裏七行目末尾の次に行を改めて以下のとおり加える。

「(5) 本件写真撮影及び掲載の違法性阻却

写真報道により肖像権及びプライバシー権を制限することがあつてとしても、それが国民の正当な関心事についての知る権利を満足させるために行われたものであれば、違法性が阻却されるというべきである。そして、そのためには、当該表現行為が社会の正当な関心事であり、表現の内容及び方法ともに不当なものでないことを要するものと解されるところ、本件写真は、国民が関心を抱いている著名な刑事事件の被告人が出廷する姿を一般の道路上という公共の場所で撮影したものであり、その内容も奇異なものではない。したがつて、仮に本件写真の撮影及び公表が被控訴人の肖像権及びプライバシー権を侵害するとしても、違法性はない。」

三  当裁判所の判断

1  争点1及び2について

原判決「事実及び理由」の「第三 争点に対する判断」欄の一項及び二項(九枚目裏二行目から一〇枚目裏七行目まで)に記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

2  争点3について

各種の情報伝達方法が高度に発達した現代社会においては、旧来の活字出版物のみならず、写真あるいは映像等の読者・視聴者の視覚に訴える方法による情報伝達が頻繁に行われており、その内容が人の肖像に関する情報を含む場合には、いきおい肖像権と表現の自由とが対立・衝突することも多くなり、両者の調整を図る必要が生ずることになる。

そこで、右の二つの権利の調整の法理について検討するに、まず、肖像権は、前判示のとおり個人の人格そのものに密接に関連する私生活上の自由権の一つであるから、これを侵害した場合には原則として不法行為が成立するというべきである。

しかしながら、他方、言論、出版その他の表現の自由は、民主主義を実現する上で必要不可欠な精神的自由の根幹をなすものであつて、最大限の尊重を要するから、他人の肖像権を侵害する場合であつても、表現の自由の行使として相当と認められる範囲内においては、違法性が阻却されると解すべきである。そして、表現の自由が右のように他の自由権に優越して保護されるのは、それが民主主義の基礎をなすものであることに由来するから、他人の人格的な権利に優先する保護を与えられるためには、その表現行為が公共の利害に関する事項に係り、かつ、専ら公益を図る目的でなされ、しかも、その公表された内容が右の表現目的に照らして相当なものであることを要するものというべきである。したがつて、ただ単に個人的な興味を満たすために他人の肖像に関する情報を伝達したというような場合や、その内容が表現目的との関係で不当なものであるというような場合には、違法性が阻却されないことになる。

これを本件についてみるに、本件写真は、前判示のとおり護送車の窓から見える被控訴人の姿を撮影したものであり、本件記事と一体となつて、著名な刑事事件の被告人である被控訴人の近況を紹介する内容の報道に用いられているものであるところ、刑事事件、殊に殺人罪あるいは同未遂罪のように社会一般の関心を集める重大な犯罪により起訴された被告人に関する事柄が公共の利害に関する事項に該当することはいうまでもない。この場合、起訴された刑事被告事件の内容そのものに関する報道が右の意味での公共の利害に関する事項に該当することは明らかであるが、それだけでなく、当該被告人が身体の拘束を受けているかどうか、拘束が長期に及んでいるかどうかなどを含め、被告人の動静に関する事実も、事件の推移に関係するものとして社会一般の正当な関心の下にあるということができ、そのような意味で、被告人が公判廷に出頭するために拘置所職員により護送されている状況を写真によつて報道することは、その対象が公共の利害に関する事項に当たり、また、その目的は専ら公益を図ることにあるといつて差し支えない。

もつとも、本件写真には一体のものとして記事が添えられており、後記のように被控訴人を揶揄するような言葉ないし表現が用いられている部分があるため、公益目的を肯定することに疑問がなくはない。しかし、右記事は、被控訴人に対する手紙という形式を採つていて、丁寧でもの柔らかな用語、表現で一貫していることから、かえつて辛辣味が強調される結果となつているとも考えられる。そして、このような形式を採つているために、非難、攻撃にわたるような強い言辞は避けられているともいえるのであり、全体としてみれば、低俗なのぞき見趣味に発した個人の私生活の暴露といつたものとは一線を画しているとみるべきである。したがつて、記事の一部に右のような言葉、表現があることから、直ちに公益目的が否定されるべきものではない。

ところで、勾留中の刑事被告人に関しては、一見して身柄を拘束されていることが分かる状況の下でその姿を公衆の面前にさらすことは、一般的に屈辱感、羞恥心等の多大な精神的苦痛を与えることになると考えられるので、できる限りそのようなことのないように配慮する必要があることはいうまでもない。したがつて、本件において、護送車の鉄格子のはまつた窓から見える被控訴人を撮影した写真を掲載したことは、問題がなくはない。しかしながら、撮影された被控訴人の姿は、肩から頭部にかけての上半身だけであつて、手錠姿のように一見して拘束されていることが分かる状況ではない。また、撮影した場所は、一般の道路という公共の場所であり、穏当を欠く方法を用いた形跡もない。そうすると、撮影の方法及び内容についても、相当性を逸脱しているとまではいうことはできない。

以上によると、争点3に関するその余の主張について検討するまでもなく、本件写真の撮影及び公表は、被控訴人の肖像権を侵害するものであるけれども、表現の自由の行使として相当と認められる範囲内にあり、違法性が阻却されるというべきである。

3  争点4について

本件記述一は、被控訴人が以前と比べて太つたことを「お腹も前よりデップリして」と表現したものであり、一応は個人の身体的特徴ないし容姿に関する情報を公表したものということができる。そして、これについて被控訴人は、原審における本人尋問において、本件週刊誌により公表されたことにより不快感を抱いた旨述べている。

ところで、前判示のとおりプライバシーの権利により法的保護を付与されるための要件の一つとして、公表された情報が一般人の感受性を基準として当該私人の立場に立つた場合に公開を欲しないであろうと認められる事項に属することが必要であると解されるところ、通常の場合、以前と比べて太つたか否かは外形から分かることであり、特段の事情がない限り殊更に秘匿しなければならないようなこととは考えられない。そして、本件において右の特段の事情があるとは窺われないので、一般人の感受性を基準として判断した場合には、強いて公開を欲しない事項であるとまでいえるかどうか、甚だ疑問であるといわざるを得ない。

また、本件記述一で用いられている言葉は、やや揶揄的で辛辣ではあるけれども、非難、攻撃にわたるような言葉を避け、社会生活上しばしばみられる表現を用いている。被控訴人が若干の不快感を抱くことがあつたとしても、それは揶揄されたためであつて、プライバシーの権利の侵害とは直接に結び付くものではない。

もつとも、侮辱や中傷等により個人の主観的な名誉感情が害される場合もないわけではないが、かような内心の心情がプライバシーとして法的保護を受けるためには、その侵害態様が一般通常人の平均的な感覚に照らしてみて相当性を逸脱し、社会生活上看過し得ない程度に達していることが必要であると解すべきである。本件において被控訴人は不快感を抱いたと述べており、これが容姿に関する名誉感情を害されたとの趣旨をも含むものと理解されないわけではないが、本件記述一は、非難、攻撃にわたるような言葉を避けて社会生活上しばしばみられる表現を用いており、一般通常人の平均的な感覚に照らしてみて相当性を逸脱しているものでないことは明らかである。

そうすると、本件記述一について、不法行為が成立すると認めることはできない。

4  争点5について

原判決「事実及び理由」の「第三 争点に対する判断」欄の五項(一三枚目裏六行目から一四枚目裏三行目まで)に記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

5  以上の次第で、本件写真並びに本件記述一及び二のいずれについても不法行為は成立しない。

よつて、被控訴人の本訴請求は理由がないので棄却すべきところ、これと異なり右請求を一部認容した原判決は相当でないから、原判決中控訴人敗訴の部分を取り消し、右部分について被控訴人の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法九六条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 丹宗朝子 裁判官 新村正人 裁判官 斉藤 隆)

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